もはや博愛主義では裏山を説明しきれない
何があったというんだ…俺は何かやらかしたのか…
あんなに良い雰囲気になったのに…
あの人を抱き締めた自分の掌をジッと見つめる。とたんに甘く薫ったあの人の香りが甦った。
髪、サラサラだったな…小さな肩だと思ったけど、やっぱり女とは違った力強くて…それなのに護りたい、助けたい、強く思った。
『はぁぁぁ…』
バシッ!後頭部に衝撃がはしる。深い溜め息を洩らした途端だった。
「何すんだよ!姉ちゃん!」
「何すんだよ、じゃない。ここは訪れた人の幸を祈る神社で翔は神主!忘れんじゃないの!仕事中に特大の溜め息つくなんて、アンタの不運が御朱印に付いたらどうするの!」
頭を叩かれた事の抗議をぐっと呑み込む。倍になって返ってきそうだ。
社務所には巫女の装束の姉さんが動きまわっている。
俺が大学に行ってる間に山風神社も少しづつ変わってきた。鬱蒼とした木々に覆われただけの裏山がツツジやアジサイの花たちに彩られて華やかな散歩コースになっていた。
そして女人禁制だった神社に姉さんの姿がある。
元々爺ちゃんは本社の社務所には入ることは無かった。平日は父さんが一人で訪れる参拝者に応対し、土日は翔や地区の男子高校生がバイトに入って凌いでいた。しかし、平日にも参拝者が多くなり上棟式、地鎮祭など父さんが神社を離れる時間がだんだん問題になり姉さんが社務所に入る事に。
渋っていた爺ちゃんもある時から龍神の洞との境界には近付かない事を条件で神社にかかわる事も裏山の造成も認めた。(智くんが了承したのだろう)
智くんが海で言った通りだ。人が代わり、街が変わり、里もこの神社も変わっていく。
もしこの俺が跡を継ぐ人間を見つける事なく死んでしまったら…智くんはどうなるのだろう。俺が死んだ後、何百年も誰とも会話を交わさず、あの洞で生きるのだろうか?それとも何処か人が蠢く、隣人に関心を持たない街でひっそりと生きるのだろうか?
『はあぁぁ…』
「ゴホン!ホント鬱陶しい。何、やっと良い感じに持ち込んだ女の子に寸前に振られたとか?」
「ね、姉ちゃん!?」
『うわっ!その顔!当たり?当たっちゃった?』けたたましい姉さんの笑い声が俺の心をえぐる。
境内には春の風が渡り、柔らかな陽射しが落ち込んだ俺を励ますようにそそぐ。掃く落ち葉もあまりなく、直に今度は花弁が舞うだろう。
『たとえ俺が呼んだとしても来るのは罷りならない。』
罷りならないって、なんだよ…。俺が何をしたと言うんだ。その身に触れたのがいけなかったのか?1週間か…。。
『俺が呼んだとしても…』あれ?智くんが呼ぶ?呼び鈴も、スマホも、洞にはないのに…
どういう意味だったのだろうか…。